ディマシュ・クダイベルゲン/ Dimash Qudaibergen  

ディマシュ ジャパン /Blog by Dimash Japan

【日本語書き起こし】BORN TO SING【パート1】

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本記事は、11月14日にMUZ-TV(ロシアのナショナルミュージックチャンネル)で放送されたDimashのインタビュー番組「BORN TO SING」の、日本語書き起こしパート1(前半)です。

ホスト役のArman Davletyarov氏はMUZ-TVのCEOです。

インタビュー自体は今年の2月に収録されました。

約25分のインタビュー動画は本記事の末尾にあります。

パート1 

【以下日本語書き起こし】

 0:24《前振り(本編中からの会話の抜粋)》

D:…そうですね、本当に僕は普通の子でした…

ナレーション:最も神秘的な歌手の一人…

Arman:…質問だけど、君のすごいギャラは伝説的で…

D:…はい、パンの値段も知らないし…


ナレーション:そして彼の私生活は知られていない。

Dimash…百万人に一人(の歌手)。

モスクワ、ニューヨーク、ロンドン、北京でミリオンの人を集める。

彼のその広い音域は宇宙のようだ。

バリトンからテノール、そして女声のソプラノまで簡単に切り替えられる歌手はそういない。
<Your Loveのビデオ>

ナレーション:カザフスタンの栄誉アーティスト、平和大使、世界的なスターはアジアの最も魅力ある人物100にもなっている。この26歳のDimash Kudaibergenは、インタビューは好きではないのだが、我々の為に例外を作ってくれた。

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D:僕、いつもは全体をみるんですけど…(どこにカメラがあるか)

Arman:(カメラは)ここだよ。

D:では、始めましょうか。

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ナレーション:Muz-TVのゼネラルディレクターであるArman Davletyarovと、最も親密でプライベートな彼の生活について語った。

ギャラはいくらか?恋愛は?彼の夢は?

幼少期は?歳をとった自分をどう見ているか?

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Arman:子供の頃はハッピーだった?

D:すごくハッピーでした、すごくね。

子供の頃はテコンドーとか水泳とか歌…ピアノを練習してたよ。

朝から晩までスケジュールで埋まってた。

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それにサッカーやったり友達とふざけたりすることもありましたね。

本当に普通の子と同じように過ごしていましたよ。

音楽学校に行って、スポーツもやりましたし。

ナレーション:この歌手はKanatとSvetlana Aitbayev と言う、カザフスタンの有名な音楽一家に生まれた。Dimashの母が言うには、「自分たちのパフォーマンスの後に2歳の彼がステージに上がり、聴衆に向かって感謝して拍手をされ、5歳でステージで歌ったのが彼にとっての最初の“ブラボー”を浴びた瞬間だった」と。

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Arman:子供の頃から歌手になるのが夢だったの?

D:2歳か3歳の頃に絵を描いたんだけど、スタジオとかコンピューターや音響アンプ、スピーカーとかイコライザー…マイクを描いていたんです…ステージもね。

他の子達は車とかを描いている時に。

僕は夢と計画を宇宙に送っていたんです。

そしてそれは叶おうとしている…。

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Arman:何を宇宙に送ったの?
何をお願いしたの?

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D:僕はいつも大きなステージで歌いたいって思っていて…まだ3歳の頃でした。

覚えている限り、他の職業を考えたことは一度もないです。

どうしてだか、いつも「歌手、アーティストになりたい」って思ってました。

Arman:子供の頃のお気に入りの思い出は?

D:自転車を買ってもらった時。

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5歳の時に“アイナライン”っていう共和党の大会で優勝したこと。

そして栄誉証書と1,000テンゲを貰ったんです。今の3ドル。

よく覚えているんだけど、あの時は祖母に早く賞状と賞金を見せたくて。

「おばあちゃんの好きなものが買える」と思って。

で、家に帰ったら母に「お金貰ったんでしょ?おばあちゃんにあげよう!」って言ったんです。

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Arman:最初に自分で稼いだのは3ドルってこと?

D:そうですね。

ナレーション:毎年Dimashには数多くの賞状と賞が増えていく。

彼は重要な大会で優勝し、彼のその素晴らしいカリスマ性と独特の声で審査員と観衆を魅了し、“Slavic Bazaar”でグランプリを獲得した。

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<ビデオ>「カザフスタンのDimash Kudaibergen!」

ナレーション:今ではDimashは現代の最も人気のある歌手の一人となった。

彼はカザフスタン、ロシア、中国、アメリカ、ヨーロッパで応援されている。


6:20
Arman:有名になってから君の生活はどう変わった?

D:【S.O.S.】〖歌手〗の1週目が終わった次の日に、次の週のドキュメンタリーを撮影するのに、主催者から「撮影をちょっと遅らせる」って言われたんです。

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ホテルを出る時、ガードがつきました。

国外でボディガードをつけて歩いたのはそれが初めてでした。

みんなが僕の周りに集まってきて。嬉しかった。

何か、おとぎ話のようでした。

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Arman:その時はどんな気分だったの?

D:気分良かったです、最初は。で、ちょっと怖くなってきました。

だってみんなが僕のこと、僕の仕事を心から好きになってくれたんですよ。

だから僕はパニックにならずに歌い続けられるように、すぐに自分を引き戻したんです。
<ビデオAutumn Strong>

ナレーション:中国の番組〖歌手〗で彼は最年少の参加者となり決勝まで進んだが、優勝は逃し2位となった。

しかし彼は中国のほとんど全ての人々の心を掴んだのだ。

彼の最初のアルバム“iD”は、発売から37秒で中国の2019年のプラチナセールス獲得の記録を打ち出したのだった。

Arman:今でもまだ恐い?

D:はい。でも怖いのとはちょっと違うかな。

「今は状況がいいけれど数年したら忘れられるかもしれない」っていう怖さじゃくて、僕が怖いのは「みんなをガッカリさせるんじゃないか」って言う怖さ。

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僕は、両親を喜ばせよう、友達を喜ばせようって頑張っている。だから両親が(僕に)失望する日が来るかもしれないのが怖いんです。

ナレーション:〖歌手〗に出演してから、このカザフスタンの才能ある若者を獲得しようと世界中のプロダクション会社が争った。

Arman:君の中でプロデューサーはどのくらい重要なの?

違う国の人達(プロデューサー)からの意見をどのくらい聞くの?

D:僕の周りにはいろんな国の人がいます。

これは内緒でもないんだけど、いろんな(国の)プロデューサーと仕事をしているし。
でも特に契約している人はいなくて。

僕たちにとって、すべては「友情、信用」を基本としているんです。

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ですが、大人として僕は自分に関する大事なことは自分で決めているんです。

大体は父にも相談しているんですけどね。

だって彼は僕より頭も良くて賢いし、経験豊富だから。

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Arman:今はどこに住んでるの?

D:僕はツアーがあるから、何か月も国から国へと移動しているから。

勿論もっと家にいようと努力しているんですけれど。

Arman:じゃ、家族と一緒に住んでるの?

D:勿論です。

Arman:どこが一番過ごしやすい?

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D:両親と一緒にいるのがいい。

アメリカでもアフリカでもどこにいても、彼らの暖かさを感じられることが一番大事。

<ビデオ>
Arman:お母さんとお父さんは君にとってどんな意味がある?

D:僕にとって全て。

彼らをとても誇りに思っています。

彼らは「どういうふうに尊厳を持って行動するか、人生にはどういう準備が必要か」を僕にずっと教えてくれている。

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ナレーション:今やDimashには大きな需要がある。

それはショーやコンサートだけではない。世界のモデルエージェンシーも彼の姿に注目している。

彼は有名な雑誌のカバーにもよく登場するようになった。

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更には中国の航空機のボディにも彼は載ったのだ。

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Arman:どういう風に生活してるの?

何時に起きるの?
"普段のDimash Qudaibergen"ってどうなの?

D:(その時その時で)いつも違います。

夕方から翌日の昼までスタジオにいることもあるし。

4~5時間くらい寝てまた仕事に戻るんです。

Arman:君のスタジオはどこにあるの?

D:北京、フランス、ロシアでやってます。

Arman:君にはすごい数のファンがいるよね。

カザフスタンのコンサートの時、ホテルには“Dears”って書いたものを頭につけてる女性たちがいっぱいいいたよ。

シティセンターで僕に気づいたファンが駆け寄ってきて、僕の頭に"あれ"を付けて、「あなたも夕方にはコンサートに行くんでしょ」って言われたよ(笑)

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パート2(後半)はこちら。 

dimashjapanfanclubofficial.hatenablog.com 

↓全編動画(約25分)


ДИМАШ КУДАЙБЕРГЕН | ИНТЕРВЬЮ ПРО ДЕТСТВО И ТВОРЧЕСТВО | ЖИЗНЬ И СЕМЬЯ | Арман Давлетяров

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