ディマシュ・クダイベルゲン/ Dimash Qudaibergen  

公式 ディマシュ ジャパン ファンクラブ/Blog by Dimash Japan Fan Club Official

【再掲・加筆】ディマシュとマリゴールド【動画】

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ディマシュがウクライナの首都キエフでソロコンサートを行ったのは、今から約2年前。

2020年3月11日でした。

そのキエフのコンサートを最後に、コロナ禍によりディマシュのソロコンサートは中断を余儀なくされました。

(2022年3月25日よりドバイを皮切りに再開されようとしています。)

【目次】

★マリゴールドについて

マリゴールドは、キク科マンジュギク属の草花。キク科キンセンカ属のキンセンカ(ポットマリゴールド)と混同されがちです。

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↑ マリゴールド

メキシコ~中央アメリカの原産で、16世紀初め、スペインやフランスに伝わりました。

痩せた土地でもよく育ち、夏の日差しに強く土壌中の防虫作用もあるため、夏の花壇の定番。

また畑作にとっても有用なコンパニオンプランツとして普及しています。

ハーブとしては、キンセンカ(カレンデュラ/ポットマリゴールド)の方が一般的。

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↑ キンセンカ(ポットマリゴールド)

★【マリゴールド】 発音、もうひとつの国歌

 マリゴールドと言えば、

ウクライナのキエフでのソロコンサート"ARNAU TOUR 2020"(2020年3月11日)でディマシュが歌ったウクライナの名曲"Чорнобривцi《Marigold》"を思い出す方も多いでしょう。

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ウクライナ語の"Чорнобривцi"は、"チョルノブリフツィ"と発音するのが一番近いようです。

"チョルノブリフツィ"は、ウクライナ語で"黒い針"とか"釘"といった意味。

びっしりと尖った種があることから命名されたものでしょう。

防虫効果のあるマリゴールドは畑地に必ず植えられ、緑肥にもなり、また、母親たちの手によって薬用としても食用としても多いに活用されました。

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ディマシュがウクライナのコンサートで 「チョルノブリフツィ《Marigold》を歌います」と言った時、客席から悲鳴のような歓声が上がったのを覚えている方もいらっしゃるでしょう。

また、歌の中ほどで会場の観客にマイクを向けた瞬間、一糸乱れぬほどの大合唱が沸き起こりました。

"ご当地の言葉で歌うご当地ソングだから"と言うだけでなく、この"チョルノブリフツィ"は、ウクライナのかたがたにとって"もうひとつの国歌"とも言われるほど大切な心の歌。

だからこその歓声、だからこその大合唱でもありました。

でも、なぜこの曲は、「もう一つの国歌」とまで言われるのでしょう。

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"チョルノブリフツィ《Marigold》"が世に出るまで

 

この歌は、歌詞が先に生まれています。

1957年、ウクライナの年若い青年によって異国の地で母と故郷を思う気持ちから書かれました。

 

作詞者Mykola Singaivsky ミコラ・シンガイウスキ(1936-2013)さんは、ウクライナの詩人。ウクライナののどかな地方農村に生まれ、豊かな自然の中でのびのび育つ……はずが、5歳の時に独ソ戦争(1941-1945年)が始まり、彼を取り巻く環境は一変しました。
 

キエフ陥落などがあり、ミコラ少年の故郷の地も人々も蹂躙され尽くしました。

 

終戦を迎えた1945年春、ミコラ少年は9歳になっていました。

多くのものを失い、多くの大切な人々は永久に戻りませんでした。

生き延びた村人や母親ウリヤナさんの手によって、荒れ果てた故郷の地に最初に蒔かれたのが、マリゴールド

やがて、一面のマリゴールドで再び覆われる故郷の村

それは"暗黒の時代が終わる、夜明けの故郷の地に咲く花"として、戦後の世の中を子供を抱え生きようと懸命に働き続ける母ウリヤナさんの姿と共に、ミコラ少年の心に焼き付き、原風景の一つになりました。

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やがて成長したミコラさんは若くして詩の才能を認められ、パリに留学します。

異国の地で21歳の彼が目にしたものは、巨大な花壇。

花は色とりどりでも、その縁取りは紛れもない チョルノブリフツィ

"母の花が、故郷から遠く離れたこのフランスで、目の前に咲いている!"

 

この時生まれた詩は、

母の花を目の前にして胸を突かれて出た言葉

”チョルノブリフツィ”から始まります。

 

Чорнобривців насіяла мати

チョルノブリフツィ 母が蒔いた

У моїм світанковім краю,

私の "夜明けの故郷の地"に。

 

チョルノブリフツィの花を見ると

年老いた母がみえる

あなたの手がみえる

お母さん

私を呼ぶ優しい声が聞こえる

”愛し子よ”と

 

3年後の1960年、作曲者 Volodymyr Vermenych ウラジーミル・ヴェルメニチ(1925-1986)さんにより、この詩に曲が付きました。

 

初演歌手はKonstantin Dmitrievich Ognevy コンスタンチン オネヴィ(1926-1999)さん

オペラ、ポップスで活躍した ウクライナのテノール歌手です。

↓ 1967年

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(註:↑ チョルノブリフツィ=マリゴールドの歌が海を越えて異国の空に響いたのは、モントリオール万国博覧会(1967)の時のこと。テーマ「人間とその世界」

ウクライナは、当時ソビエト連邦の一構成共和国。

威容を誇るソ連館の催しで、コンスタンチン オネヴィさんの歌に、会場は涙と感動でいっぱいになったそうです。

詩人が見たであろうパリの風景や花壇またモントリオール万博のソ連館の映像などは、このMVに出てきます。)

★苦しい時代を経て

 

◆作詞者Mykola Singaivsky ミコラ(1936-2013)さん

◆作曲者 Volodymyr Vermenych ウラジーミル(1925-1986)さん

◆初演歌手Konstantin Dmitrievich Ognevy コンスタンチン (1926-1999)さん 

 

作者達と初演者は皆1900年代前半の生まれで、色々な意味でウクライナの大変厳しい時代に生まれ苦しい経験をした人たちです。

【例】

ホロドモール(人工的な大飢饉)1932年~

ソ連の抑圧の時代(スターリンによる大粛清)1937年~

独ソ戦1941年~

それらの出来事・経験が、このチョルノブリフツィに何ほどか反映され、このような何とも物悲しいメロディ、胸を打つ歌詞、歌唱に繋がっているのかもしれません。

カザフ民にとっての"Daididau""サマルタウ"に通じるものがあります。

愛する人や故郷を思う歌であると同時に、歴史に翻弄された民族の悲しみを歌っている曲とも言えるでしょう。

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★歌い継がれていく国の心

 

チョルノブリフツィは半世紀以上に渡ってウクライナの人々に愛され、歌い継がれてきました。

あの"I only love you"のウクライナの国民的歌手、オレクサンドル・ポノマリョフ氏も歌っています。

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★ディマシュの歌うチョルノブリフツィ

ウクライナでのコンサートで チョルノブリフツィを歌い終わり跪いたディマシュに、ウクライナの人々はスタンディングオベーションを送り、なかなか鳴りやまない拍手で感謝と称賛を示しました。

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ウクライナの心を歌い切り、膝を床につけ敬意を表したディマシュと、ウクライナDearsの一体感がそこにはあります。

ご視聴になったかたも多い動画ですが、どうぞ今一度ご覧ください。

↓公式YouTubeチャンネルより

"Чорнобривці"

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共著・まつりか

◆◆◆

2020年ディマシュ投稿

"I like this song."

 
 
 
 
 
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ウクライナFC差し入れの ヴィシヴァンカを着てキエフのステージに登場したディマシュ。

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↓ ブログ内参考記事/ウクライナのファン談話など。

dimashjapanfanclubofficial.hatenablog.com

※写真は横スライド

 
 
 
 
 
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2020年3月11日

ウクライナ キエフ

ソロコンサート"Dimash - ARNAU TOUR | 2020"フルバージョン

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Dimash - ARNAU TOUR | 2020 - YouTube

 

またウクライナにこのような日が来ますように

心からお祈りします。

 

 
 
 
 
 
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